※内容は全て取材当時のものです
BiSH飛躍の裏の勝算と熱情。
松隈ケンタ氏が手がけるクオリティの高い楽曲と、圧巻のライヴパフォーマンス、そして、渡辺淳之介氏によるプロモーションが、大きな話題を呼んでいる「BiSH」。2018年5月に横浜アリーナでワンマンライヴも予定しているなど、その勢いは増すばかりだ。
BiSHのA&R※チームのひとりは、渡辺氏らが手掛け、avex traxからメジャーデビューしていたアーティストのA&Rアシスタントを務めていたことがある。渡辺氏がBiSHをスタートさせることになったとき、「また一緒にやろう」と声がかかった。いつか一緒にアーティストをやりたいと言っていたから、すごくうれしかったと、彼は言う。
渡辺氏とともにアーティストを手掛け、氏のプロデュース手法や斬新なプロモーションを間近に見ていた者には、勝算があった。しかし、BiSHが、アーティストやアイドルといったこれまでのジャンルを越えたグループであることから、デビューに慎重な声も社内にはあった。
そのため、成功を確信していた者たちは説得に回る。絶対に成功する。何より、また渡辺氏と一緒に仕事がしたい。その想いから必死で。最終的に会社が出した答えは、「渡辺さんがエイベックスを指名してくれているんだ。ぜひ、やってみろ」。リスクのことは何も言われなかった。
こうして、BiSHは、2016年5月にavex traxからのメジャーデビューを果たす。
※ A&R Artists and Repertoireの略。アーティスト・マネジメントに対して、音源のリリースを軸としたアーティストブランド向上のためのリリースプランを提案・実行していくのがミッション。具体的には、アルバムやシングル商品の企画から制作、プロモーション・販促プランの策定から実行、リリース後の検証を行う。
メンバーとマネジメントは、BiSHに人生をかけている。A&Rとしても最大限のことをやらなければならない。まずは、どんなコンセプトにするかについて、A&Rチームはマネジメントと議論を重ねた。そして、楽曲のよさ、ライヴの熱量、話題づくり、メジャー感をコンセプトに打ち出すことに決める。
はじめに楽曲。松隈氏が手掛けたBiSHの楽曲はどれもクオリティが高い。担当アーティストだからではなく、A&Rチームのだれもが、たくさんの人に聴かせたいと思った。耳にした人の多くの人も、SNSなどを通じて高く評価しており、この強みを最大限に活かすことは必須だった。
次は、ライヴの熱量だ。BiSHのパフォーマンスは、実力以上の大きなステージを繰り返しこなすことで急成長していた。今や、BiSHのライヴがつくり上げるファンとの熱量は、人を惹きつける強力な武器になっていた。
そして、話題づくり。他のアーティストではできないような販売施策やプロモーション、ワクワクするような話題をつくりでファン拡大を目指すことは、渡辺氏の得意とするところだ。BiSHも、すでにインディーズシーンで話題となっていた。そのため、話題性のあるプロモーションはベースにしつつも、「メジャー感」を出すことに決める。楽曲の良さやライヴの熱量を訴求し、さらに大きなマスへリーチすることを目標にしたのだ。
コンセプトは決まった。次は、どのようにプロモーションしていくか。
ライヴへの出演、その合間のレコーディングとイベントと、定石と言える手法を取っても、ある程度の売上は見込めただろう。しかし、BiSHのA&Rチームは、それ以上を目指した。勝算を徹底的に考え、面白いもの、アーティストのためになると思われることは、前例にとらわれずに実行しよう――そう決めたのだ。
例えば、アルバムのiTunes1日限定300円配信。これも、BiSHのブランディングと、一人でも多くの人に作品をきちんと聴いてもらいファンになってもらう入り口を考えに考えた末の施策に過ぎない。
筋書きはこうだ。BiSHは楽曲が良く、そこに自信もある。聴いてもらえば、ライヴやイベントなどにも動員可能だ。その導線として、すぐにアルバム無料配信が浮かぶ。しかし、無料では、ダウンロードしたことで安心してしまい聴かないこともある。だったら、300円にしよう。普通3000円のものが1/10なら、きちんと聴いてもらえるし、バズる――こうして、300円という価格が設定されたのだ。いわば、BiSHのロイヤルカスタマーをつくる、その第一歩としての300円。
逆に、ファンに心から満足してもらえるような、ライヴ映像と写真集を付けた豪華な仕様の高額なアルバムも制作。300円配信の後、BiSHは、100ページ超の写真集が付く10,000円のアルバムも発売している。
また、メンバーとの絆を深めるために握手会/チェキ会を継続的に行っている。その中の一つである、24時間握手会/チェキ会は大きな話題となった。
24時間、握手や写真撮影をし続けることは、メンバーはもちろん、イベントを行うチームBiSH、そして、長時間イベントに参加した人たちにも負担を強いる。しかし、だからこそ、終了時には「やり切った感」が生まれ、それが絆を生む。根本にあるのは「メンバーとファンの距離が近くなるとは」という問い。その問いに対するシンプルな答えが、このイベントなのだ。
こうした取組について、会社から「待った」がかかったことはない。成功していれば、エイベックスでは何も言われない。逆に、BiSHがゴールデンタイムの音楽番組に出演した際は、部署を越え、エイベックスが一丸となって出演枠獲得にあたっている。
実際、デビューから2年でBiSHは大きな成功をつかんだ(別掲「BiSH、メジャーデビュー後の歩み」に詳しい)。A&Rチームに勝算はあった。チームの一人は言う。「奇をてらった施策でファンが増えていると見られることもあるが、基本的な細かい部分を、ありえない熱意を込めてチーム一丸となって行っている。それが一番上手くいっている理由」。しかし、こうも計画通りに進むことも珍しいとは認める。「ライヴのハコは目に見えて大きくなり、動員も増えていく。自分が聴き手として好きなジャンルの音楽に携わることはもちろん楽しいけれど、新しい仕掛けをどんどん考え、それがハマっていくのはもっと楽しい」。
BiSHの成功は、アーティストとマネジメント、そして、そのスタッフが「プライスメーカー」になれる可能性も示した。例えば、アルバムは3000円、シングルは1000円、そして、これをもとにした売り上げ予測などは、かなり昔につくられたビジネスモデルの一つにすぎない。そして、このモデルは、少しずつファンやアーティストのニーズに合致しなくなってきた。しかし、エイベックスのように、アーティストとそのアーティストが生み出すプロダクトを持っていれば、時代に合った新しいビジネスを創り出すことは可能である。BiSHのアルバム300円配信や写真集付きアルバム、握手会はその証左だ。
BiSHの成功は、確かにアーティストとしての成功物語である。しかし、その成功は、エイベックスの、音楽ビジネス全体の、新たな成功モデルの一つでもあるのだ。
Photo by Kenta Sotobayashi