ELT二十周年プロジェクト|スペシャルインタビュー/私、二十年間で今が一番楽しい! by持田香織

岡野 歩美

産業社会学部産業社会学科卒、2009年入社
エイベックス・マネジメント株式会社 マネジメント部マネジメント1課
入社後すぐにDo As Infinityを、続いて大塚 愛を約2年担当。2011年にEvery Little Thing (ELT)伊藤一朗の、2014年には持田香織も担当となる。入社以来、マネジメント業務一筋。

重圧の中で。"Concert Tour 2014 -FUN FARE-"

「2014年のツアーはいろいろありましたね」。Every Little Thing (ELT)のマネージャー、岡野は、そう振り返る。ELTの伊藤一朗の担当になって3年目のことだ。
ELTはエイベックス、いや、J-POPを代表するアーティストである。「そのポジションは、アーティスト本人はもちろん、今まで携わられてきたマネジメントや制作などのスタッフ、そして、ファンのみなさんと、たくさんの人の想いによってつくり上げてきたもの。担当になったとき、その想いを引き継ぐことにすごく責任を感じました」。
“大看板”を担当することに少しだけ慣れた矢先、「Every Little Thing Concert Tour 2014 -FUN FARE-」の最中に、岡野は急遽、持田香織も担当することになる。1人で2人を担当するというのはELTの歴史の中でも初めてのことである。再び、岡野は重圧に圧し潰されそうになる。
どのような状況下でも、毎週ライヴの本番はやってくる。それまでお客さんに正面から向き合い、必死でパフォーマンスを続けていた持田だったが、ついに体調を崩した。岡野も前のマネージャーから十分に仕事を引き継げない状態だったが、弱音は吐けない。何とか来てくださるお客さんに、最高のパフォーマンスを!と、メンバーやライヴ制作のスタッフとフォローし合いながら、ツアーを乗り切った。

復活のマラソン。

復活のマラソン。"JALホノルルマラソン2014"

ツアーの終了が近づくころ、岡野たちはアーティストにある提案をする。JALホノルルマラソンのライヴイベントへの参加、オフィシャルテーマソングを手掛けること、そして、フルマラソンへの出場だ。
持田、伊藤に、マラソン経験はない。これまでのイメージでも、走る姿は想像しがたいだろう。「でも、新しいELTを見せるきっかけになればと思いました」。エイベックスでは、マネージャーが、どんなアーティストイメージを追求すべきかを、アーティストと一緒に考える。ときには、新しい分野に挑戦するようアーティストを促す。

「ツアー中、この話を持ってきた音楽制作スタッフや、ライヴ制作のスタッフなどと一緒になって、みんなで楽屋へ話しに行きました」。持田はフルマラソンというあまりにも想像できない挑戦に、考える時間を必要とした。岡野が承諾のメールを受け取ったのは、何度も言葉を交わした後のことである。伊藤も、同時開催のウォーキングイベントに出ることが決まる。
「私もフルマラソンなんて走ったことはなかったのですが、持田さんが覚悟をして走り切ろうと思ってくださった以上、チーム一丸となって近くで支えたいと思いました」。こうして、岡野や他のスタッフは、持田と一緒にマラソンに参加。悪天候の下、6時間42分56秒で完走を果たした。みんなで一緒にゴールした後、岡野は同じ苦労をともにした喜びと、確かな一体感を覚えたと言う。
その後、20周年プロジェクトに向けての準備も徐々に進み始める。ライヴツアーの企画、アルバム制作、テレビ等のメディア出演――それぞれの領域のプロフェッショナルが一つになり、プロジェクトを進めていく。その中で、岡野もアーティストと意見を交わしながら、20周年プランを作成。そして、他部署のスタッフに様々な情報を発信、ELTの20周年を形にしていった。
しかし、ここで問題が生じる――

到達点?通過点?

到達点?通過点?20周年ツアー準備

スタッフは、ヒット曲中心のセットリストで、20周年ツアーを「到達点」として盛り上げたい。「でも、アーティストにとって20年は『通過点』という意識でした」。デビュー当初と比べて、表現したい世界も変化していく。それに、今までずっとオリジナルアレンジでやってきたからこそ、このタイミングで挑戦することが必要だという想いもあった。そのため、ELTの“今”を表現する、新しいオリジナルアルバムをメインにしたツアーをアーティストは望んだ。「アーティストの想いは、とても理解できました。同時に、お客さんがELTに対して望むものも考える日々でした」。
アーティストの想いを実現するには、多くの人の協力と理解が不可欠だ。アーティストとバンドメンバー、ライヴ制作スタッフで、何度も何度も議論が交わされた。そんなとき、マネジメントは、アーティストの意図とスタッフの意図が正しく折り合うよう橋渡し役となる。「でも、たくさんの人に聴いて楽しんでもらいたいという想いはみんな同じでした」。最後に、アーティストとバンドメンバー、スタッフは次のことを決める。セットリストにはヒット曲も入れる、けれど、アレンジは、今のELTが求めるものに――

たくさんの喜怒哀楽の先にあった、新しい景色。

たくさんの喜怒哀楽の先にあった、新しい景色。"20th Anniversary Best Hit Tour 2015-2016 〜Tabitabi〜"

こうして、まったく新しいアレンジのヒット曲を引っ提げ、2015年10月、「住宅情報館 presents Every Little Thing 20th Anniversary Best Hit Tour 2015-2016 〜Tabitabi〜」が始まる。
キーが高い楽曲が世の中に溢れた時代にデビューをし、ヒット曲に恵まれたことで何度もそれを歌うことを望まれた持田。その中で、年を重ねるごとに変化していく自分と向き合いながら葛藤を続けた。失敗を繰り返してトラウマになることの恐怖、それでもなんとか期待に応えたいと、試行錯誤しながら歩んできた20年間だった。
だが、その日、ステージ上には、今の自分を受け入れた上でできることを丁寧に伝え、お客さんとの空間を噛み締め、歌うことを心から楽しむアーティストと、それを温かく支えるバンドメンバーがいた。「たくさんの喜怒哀楽をみんなで共有して、一緒に乗り越えた先に、スタッフ、バンドメンバー、そして、アーティスト自身さえ想像しなかった新しい景色がありました」。持田はツアー終了後、「20年間活動してきて、今が一番幸せ!」と言った。今まで思い悩んでいた持田はそこにいない。岡野は、何よりそれがうれしかった。
新しいアレンジを楽しみ、各公演に満足して笑顔で帰られるお客さんがたくさんいた。「そんなみなさんを見るたびに、挑戦して良かったと救われる思いでした」。しかし、オリジナルアレンジが聴きたいという人も確かに存在した。
そんな中、8月5日と20周年の記念日である8月7日に、アニーバーサリーライヴ「Every Little Thing 20th Anniversary LIVE “THE PREMIUM NIGHT” ARIGATO」が国立代々木競技場第二体育館で開催されることが決まる。スタッフやバンドメンバーの一部からは、新しいアレンジのツアーを経たからこそ、アニーバーサリーライヴはオリジナルアレンジでやろう、という声が挙がった。

ファンの涙。吹っ切れたアーティストの笑顔。

ファンの涙。吹っ切れたアーティストの笑顔。"20th Anniversary LIVE “THE PREMIUM NIGHT” ARIGATO"

日々進化していく中で、当時の曲をオリジナルアレンジでやることは、アーティストにとって意味のあることだろうか。岡野は、そう自問しながらも、「アニーバーサリーライヴはオリジナルアレンジで」という意見に賛同すると決めた。「オリジナルアレンジで聴きたい、というファンの声に応えるのも大事だと思ったから。それに、その声に応えることで20周年をやり遂げられる気がしたから」。
その想いを伝えると、アーティスト本人も承諾してくれた。「一度やるとなると、とことんやるのが持田さんの凄いところです。当時を彷彿とさせる衣装でお客さんを楽しませてくれました」。アニーバーサリーライヴで持田は、90年代のようにミニスカート、ハイソックスの衣装を着用し、オリジナルアレンジで3曲を披露。当時を思い出し、涙を流すファンもいた。「それを見て、やって良かったなと思いました」。そして、お客さんの想いを全身で受け止めようとするアーティストの姿が、岡野の心を打った。続けることは決して容易いことではないと思い知らされても、なお、過去を受け入れ、新たな挑戦をし続け、お客さんに20年間の感謝を精一杯伝えようとする姿がそこにあった。
ライヴが終わったとき、満面の笑みで駆け寄ってくる持田と、岡野は抱き合った。「すごく嬉しかったです。だけど、私だけの力では絶対に成立しなかったと思います」。楽曲制作スタッフやライヴ制作スタッフ、バンドメンバー。――みんなが、アーティストのパートナーとして、アーティストと一緒に挑戦をした結果だった。

and now

「アーティストを一番近くで感じて、その想いに応える仕事。やりがいは大きいですね」。
これからも、ELTは、新しい挑戦を続け、新しい姿を見せていくだろう。岡野たち、エイベックスのメンバーとともに。